讃岐うどんとは

四国の香川県の県民食といえば「うどん」です。 近年香川県は「うどん県」として観光客誘致を行っており、香川県観光協会の公式サイトも「うどん県旅ネット」のタイトルで展開されているほど、うどんに力を入れています。このように香川県一押しの観光資源ともなっているうどんが「讃岐うどん」です。

 

現在日本で全国展開しているうどん屋さんのチェーン店がいくつかありますが、その中の数社は既に海外での展開を始めていて寿司、刺身、ラーメンに続きうどんの世界的人気に火が付くのも時間の問題かもしれないほど急速に広がりを見せています。 このブームの牽引役が、讃岐うどんであるといっても過言ではないでしょう。

讃岐うどんとはどのようなうどんなのでしょうか?紹介していきます。

讃岐うどんおよびうどん屋さんの歴史

廃藩置県が行われ現在の香川県と改められるまでは、高松藩、丸亀藩、多度津藩の3藩が存在し、この地域は讃岐の国と呼ばれていました。 良質の小麦、瀬戸内海から取れる塩、醤油の産地であり瀬戸内海の魚で作られるイリコと呼ばれる煮干と並び、讃岐の国の特産品として知られていました。 うどんの材料として使われるものばかりですね。 このような背景から、自然とうどんが作られ庶民が口にすることになったのでしょう。

元禄時代の屏風絵のなかにうどん屋さんが描かれていることから、300年以上前から讃岐の国ではうどんが食されていたことが判ります。 うどん屋さんが登場する前から、家庭料理として愛されてきたことを考慮すると、讃岐うどんの歴史は、400~500年を数えるのかも知れません。

讃岐の国にうどん屋さんが登場したのは、元禄時代以前であることは既に紹介しました。 江戸時代後期に入ると金比羅参りに讃岐の国を訪れる参拝客が増加し、参拝客を相手に宿を提供する旅籠が増え、入口でうどん屋さんを商う店が多かったようです。 また船で瀬戸内海を渡る参拝客が多いため、港町の丸亀や多度津でもうどん屋さんが増えました。

1960年代頃から讃岐うどんの存在が知られ始め、知名度が上がると供にうどんの人気が高まり始め、1980年代末から地元香川県でうどん屋探訪がブームとなり、1990年代に各メディアに取り上げられ全国でうどんブームが巻き起こり、讃岐うどんの看板を掲げたうどん屋さんの展開が始まりました。 讃岐のうどん屋さんの歴史は近年のブームの遥か前、江戸時代の始まる頃から脈々と受け継がれているのです。

讃岐うどんの種類と食べ方

現在多くのうどん屋さんでは、創作うどんともいえるうどんが提供されています。 本場讃岐で愛され続ける讃岐のうどんの食べ方「王道メニュー」を紹介します。 讃岐うどんの種類は次の7種類に大別されます。

讃岐うどんの種類と食べ方

画像イメージ

〇かけうどん

茹で上げたうどんにだし汁をかけ、刻みねぎなどを載せたシンプルなうどんです。 人気の高いスタンダードメニューです。

〇かやくうどん

かけに蒲鉾などを足したうどんです。 かけを扱っていない店では、最もシンプルなメニューになります。

〇生醤油うどん

茹で上げたうどん玉に生醤油をかけたうどんです。 生醤油とはいえ、店によってはオリジナルブレンドの醤油を使用する場合もあります。 お好みで、薬味や大根おろしと一緒に食べることで、更に旨さが引き立ちます。

〇ぶっかけうどん

茹で上げたうどん玉に、つけ出汁と言っても良い程の濃い目のだしをかけたうどんです。 茹で上げ後冷水でしめた「冷やしぶっかけうどん」もあります。 店により具が載らないものから、豪華に盛り付けたものまでバラエティーに富んでいます。

〇湯だめうどん

樽うどんとも呼ばれるうどんで、最も歴史のある讃岐うどんの食べ方です。 茹で上げ後冷水でしめたうどん玉を再度温め、湯を張った樽などに放した状態で提供され出汁につけて食します。

 

〇しっぽくうどん

茹で上げたうどん玉に、ちくわや肉、根菜を甘めの汁で煮込んだ汁をかけたうどんです。 寒い時期におすすめのメニューです。

〇釜揚げ、釜玉うどん

茹で上げたうどん玉とうどんの煮汁を一緒に盛り付けたうどんです。 うどん自体にぬめりがある独特の食感が人気のメニューで、出汁につけて食します

讃岐うどんとお遍路さん

あなたが四国と聞いてイメージするのは何でしょう? 道後温泉、四万十川、阿波踊り、金比羅宮、お遍路さん、そして讃岐うどんでしょうか? 四国発信のもので現在ブームになっているのが、「讃岐うどん」と「お遍路さん」です。

お遍路さんとは、四国にある弘法大師ゆかりの88ヶ所の霊場寺院を巡る、巡礼の旅です。 徳島県にある1番札所霊山寺を皮切りに徳島県内には23番札所まで、高知県内には24番~39番までの札所、愛媛圏内には40番~65番までの札所、香川県内には66番~88番までの札所があります。 各霊場寺院を結ぶ道は遍路道と呼ばれ、峻険な山間を縫うように続きます。

約1,200Kmにおよぶこの巡礼の旅は、全行程を歩く「歩き遍路」の場合平均50日を要するようです。 各県により特徴が有るようで、遍路道を行き交うお遍路さんの間では、〇阿波の国(徳島県)の霊場(23か寺)は「発心の道場」 〇土佐の国(高知県)の霊場(16か寺)は「修行の道場」 〇伊予の国(愛媛県)の霊場(26か寺)は「菩提の道場」 〇讃岐の国(香川県)の霊場(23か寺)は「涅槃の道場」 と呼ばれています。

お遍路さんと讃岐うどんの関係とは?

お遍路さんは弘法大師(空海)の足跡を辿るものとして有名ですが、実は讃岐うどんと弘法大師の間には繋がりがあるとも言い伝えられています。 「讃岐うどんは、弘法大師が唐から持ち帰った唐菓子がルーツである。」という説です。 弘法大師が持ち帰った唐菓子というものは、小麦粉にアンコを入れて煮たもので「混沌(こんとん)」と呼ばれていました。 それが転じて「検沌(けんとん)」となり、煮て食べることから「温沌(おんとん)」、そして「饂飩(うんとん)」と変化して最後に「うどん」になったという話です。 小麦粉を原料にして、煮てつくることから現代の讃岐うどんのルーツだと主張する方も居るようです。

これ以外にも讃岐うどんとお遍路さんの関係は意外と深く、四国遍路ということばと概念が成立したのが江戸時代初期です。 僧侶だけではなく一部の民衆たちの間でも、四国遍路が盛んになり1687年には「四国遍路道指南」というガイドブックとも言うべきものが書かれているので、お遍路さんブームがあったのかもしれません。

これは讃岐うどんの歴史の部分で既に紹介していますが、讃岐うどん屋さんが発生したのも元禄時代以前ですから、当時のお遍路さんブームで讃岐の国を訪れた巡礼者達も讃岐うどんを楽しんだのかもしれません。 80番札所への参拝の後に金比羅参りをする巡礼者も多かったと思われます。 今も昔も沢山のお遍路さんが讃岐うどんを楽しんでいるのですね。

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